19世紀初め、南ドイツのバイエルン地方にあるボイエルン修道院の書庫から11世紀から13世紀の間に書かれたとみられる古い詩歌を集めた写本が発見されました。それらは修道院を訪れた若い旅人や修道僧たちが書き遺したものと考えられますが、内容は、酒、恋愛、男女の営み、社会風刺などと極めて世俗的なものが多いのが特徴で、ラテン語、古イタリア語、ドイツ語、古フランス語などの様々な言語で書かれています。
それらが『カルミナ・ブラーナ』(ボイエルンの歌集)という題名で編纂され、1847年に出版されました。それを基にドイツのカール・オルフが作曲したのが同名の有名な世俗カンタータです。
それは“楽器群と魔術的な場面を伴って歌われる独唱と合唱の為の世俗的歌曲”という長い副題が付けられた舞台形式によるカンタータで、ソプラノ、テノール、バリトン独唱、混声合唱、少年合唱、管弦楽、さらに本来は舞踊を伴うという大作です。
作品は3つの主要部分から構成されています。
第1部『初春に』 うららかな春の気分と愛が歌われる
第2部『酒場で』 酒場での男の欲望が歌われる
第3部『愛の誘い』 男女の愛と性欲が歌われる
更にその前後に置かれたプロローグとエピローグでは、「人間は常に運命に支配されて翻弄されるだけである」と歌われます。
曲は原始的なバーバリズム溢れるリズムとシンプルな和音が特徴で、歌詞はラテン語が主体ですが、一部にドイツ語と古いフランス語が用いられています。 初演は1937年にフランクフルトの劇場でベルティル・ヴェツェルスベルガーの指揮により行われました。
オルフは1935年から1951年にかけて“トリオンフィ”(勝利3部作)と呼ばれる舞台演奏用の作品を作曲していて、この「カルミナ・ブラーナ」はその第1作目にあたり、第2作の男と女の愛の現場を描いた「カトゥーリ・カルミナ」、第3作の愛の結実と結婚を描いた「アフロディーテの勝利」へと続きます。しかし演奏頻度においては圧倒的に「カルミナ・ブラーナ」が勝ります。
冒頭の「おお、運命の女神よ(フォルトゥナ)」は激しいリズムと緊迫感から、スポーツイヴェントの選手入場やドラマや映画のシーンで多く使われので、曲名を知らない方でも必ず耳にしていると思います。 オルフの代表作であり20世紀の音楽作品の傑作の一つと言えます。
ということで、恒例の愛聴CDのご紹介ですが、まずは「勝利三部作」のCDから始めます。
フェルディナント・ライトナー指揮ケルン放送響/合唱団(1973-74年録音/Acanta盤) 作曲者オルフと親交の厚かったライトナーが、オルフの監修の下に製作した三部作全曲の録音です。初回は分売でリリースされましたが、有難いことに現在ではまとめて発売されています。三部作ともドイツ的な重厚さと素朴さが魅力であり、現代のスマートで颯爽とした演奏とは印象が異なります。「カルミナ・ブラーナ」も、じっくりとしたテンポによる風格が素晴らしく、この曲のリファレンスとしてかけがえのない価値を放ちます。録音も優れています。これが廉価盤で購入できるとは実に有難いですね。
以降は「カルミナ・ブラーナ」単独盤です。
オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツオペラ管(1967年録音/グラモフォン盤) ヨッフムもまたオルフ演奏に定評が有り、早々とモノラル期に行った録音に続く再録音盤でした。この録音にもオルフが立ち会っていたようです。長い間ベストセラーとして君臨しましたが、現在聴いてもエネルギッシュでドイツ的なバーバリズム全開の魅力は「カルミナ・ブラーナ」では絶対に外すことの出来ない名盤中の名盤です。これから聴かれる方はまずはこの演奏を。但し、あえて指摘するとすればバリトンのフィッシャー=ディースカウは抜群に上手いもののコントロールされ過ぎの印象です。録音の鮮度はやや落ちていますが、バランスは良く聞きごたえは有ります。
ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプチヒ放送響(1959年録音/エテルナ盤) ケーゲルは元々合唱を得意とする指揮者なのでこの曲にはうってつけです。洗練され過ぎることの無い、粗削りで素朴な味わいはヨッフム以上ですし、魔術的、呪術的という言葉が最も似合うように感じます。現代的で無いところが、逆にこの演奏の最大の魅力となるのでは無いでしょうか。録音は流石に古さを感じますが、鑑賞には問題ありません。ケーゲルは70年代に再録音を行っていますが、そちらは未聴です。
リッカルド・シャイー指揮ベルリン放送響(1983年録音/DECCA盤) 全体の速いテンポと切れの良いリズム感が魅力です。ですので、この現代的でスマートな演奏を好む方は多いのではないでしょうか。しかしドイツのオケを使っているにもかかわらず、暗さよりも明るさを強く感じる響きと、軽快で健康的に過ぎるように聞こえるのが個人的には幾らかマイナスです。声楽陣も独唱、合唱ともに洗練されていて非常に美しい反面、荒々しい力強さを感じることは有りません。
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(1984年録音/Profile盤) ライヴ収録ですが、さすがは名職人ヴァントですので緻密な完成度の高さに感心させられます。テンポは速くも遅くもなく中庸。響きについても良くコントロールされていて素朴さこそ有りませんが、さりとて洗練され過ぎることもなく無く、やはり中庸です。そのあたりもヴァントらしいと言えば、いかにもヴァントらしい立派な良い演奏なのですが、個人的には正直もう少し個性や主張が欲しくなります。管弦楽はもちろんのこと声楽陣、合唱とも優秀です。
ということでオルフ自身の監修、立ち合いで録音されたライトナー盤とヨッフム盤が貫録勝ちというところです。ただしオルフは他にもサヴァリッシュの録音やショルティの演奏会など色々と立ち会ったようですので、それが決め手だということではありません。