毎日暑いですね!もし新型コロナ禍が無ければ、こんな暑い中でオリンピックが開催されていたはずです。やはり真夏の開催ってどうなのでしょうね。。
さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今日はピアノ協奏曲第4番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲はどれもが傑作で、第3番や第1番も好きですが、最高傑作の第5番「皇帝」と並び立つのは、やはりこの第4番です。男性的で勇壮な「皇帝」に対して、高貴さや美しさに溢れた第4番は、さしずめ「皇后」というところでしょうか。
ベートーヴェンはこの曲においても、革新的な手法を取り入れました。それまでの協奏曲のように、まずオーケストラが“前座”として演奏を開始して、その後から独奏楽器が“主役”として華々しく登場するのではなく、初めから独奏ピアノに、しかも小さな音で演奏を開始させて、その後からオーケストラを登場させるという手法を取り入れました。これには初めてこの曲を聴いたお客さんは驚いたに違いありません。
しかも、それまでは独奏者の引き立て役として「伴奏」に徹する感のあったオーケストラに、ある時はピアノと語り合わせ、またある時は丁々発止の掛け合いを演じさせました。各楽章の楽器構成も、第1楽章でティンパニとトランペットの出番を全く無くしてみたり、第2楽章では弦楽合奏のみの演奏というように、慣習に捉われることなく非常に独創的です。
ベートーヴェンがこの曲の作曲に取り掛かったのは1805年で、翌1806年に完成させました。初演が1807年にウィーンの貴族邸宅の広間にて非公開で行われ、翌年アン・デア・ウィーン劇場に於いて公開での初演が行われました。そのどちらもベートーヴェン自身がピアノを弾きました。
この曲は、ベートーヴェンの最大のパトロンであり、ピアノと作曲の弟子でもあったルードルフ大公に献呈されています。
それでは、愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。
コンラート・ハンゼン独奏、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/TAHRA盤) 第二次大戦中のライブ録音で、旧ソ連に接収されたテープから様々な形でリリースされていますが、音質は時代相応で期待は禁物です。しかし演奏は素晴らしいです。両者ともロマンティシズムの限りを尽くしてテンポも自由自在、古典的造形性は皆無ですので、これが現代の聴き手に受け入れられるものかどうかは分かりませんが、一つの時代の記録として貴重です。写真はこの録音が含まれているフルトヴェングラーの戦時中録音のボックスセットです。
ワルター・ギーゼキング独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア管(1951年録音/EMI盤) ドイツの名ピアニストだったギーゼキングの録音は何となく忘れ去られていますが、こうしてカラヤンのボックスセットに収められたのは嬉しいです。ギーゼキングとカラヤンの演奏スタイルはテンポの大きな変化やルバートをほとんど行わないのでマッチしています。1楽章や3楽章の颯爽としたところも良いですが、2楽章の深く沈み込んだ雰囲気にも惹かれます。モノラル録音で、高音域のざらつきが幾らか気に成りますが、音はそれなりに明瞭です。但し同時期の録音の「皇帝」と同様にピアノの音像が引っ込んでいるのがマイナスです
ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1959年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残されたことは至上の喜びです。当時のこのオケの弦と木管は何と美しく味わい深いことでしょう。ピアノも指揮もどこまでも虚飾の無い自然体の演奏で、楽聖の音楽の美しさ、崇高さを余すところなく感じさせてくれます。ただ第3楽章では管弦楽に更に豪快な迫力を求められるかもしれません。そういう意味ではベームの指揮でも聴いてみたかったとは思います。
ロベール・カサドシュ独奏、ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1959年録音/SONY盤) 意外な共演ですが、れっきとした旧CBSによるセッション録音です。モーツァルトの協奏曲演奏で定評のあるカサドシュは、この曲でも粒立ちの良い奇麗な音で古典的な造形美を感じさせます。ベイヌムは手兵の名門コンセルトへボウを率いて、正にぴったりの演奏を繰り広げています。弦楽の上手さもさることながら、特に木管楽器が本当に美しく惚れ惚れさせられます。デジタルリマスターこそ高音域の強調が過剰ですが、鑑賞の妨げになるほどでは有りません。
ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ケルテス指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲です。一つとして変わったことはしていないのに、どこをとっても心に染み入ります。そういう点ではバックハウスと非常に似ていて、やはりこれがドイツピアノの伝統なのかと感じ入ります。第2楽章における深い祈りも印象的です。ケルテスの管弦楽の造形性と美しさを両立させた指揮ぶりも秀逸です。録音は当時のEMIとしてはかなり上質だと思います。ベートーヴェンボックスに含まれます。
ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプには同じドイツの巨匠でもバックハウスやリヒター=ハーザーの男性的な演奏と比べると気品や優しさを強く感じます。豪快さで圧倒するような演奏とは無縁ですが、決して弱々しくは有りません。そういった点でこの曲の第1楽章はケンプの良さが最高に発揮されています。ライトナーもケンプの音楽と一体化する素晴らしい指揮です。第2楽章もアウフタクトが威圧的に成らずに美しく、第3楽章の落ち着いたテンポは、人によっては躍動感不足と感じられるかもしれませんが風格が有ります。録音もピアノ、管弦楽とも美しく録れています。
ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと共演して行った全曲録音の1曲です。第1楽章ではクレンペラーの主導かと思える遅いテンポによりスケールが大きいですが、バレンボイムの存在感がどうも薄いです。ベートーヴェンの音楽の煮詰めにまだまだ甘さを感じてしまいます。第2、第3楽章にもほぼ同じ事が言えるでしょう。録音も音像の輪郭のはっきりしないEMIの典型的ななものです。
フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウイーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 録音当時のグルダのタッチにはドイツ的な重さは無く、切れの良い軽快さが魅力です。その後に登場してくる新時代のベートーヴェン演奏の先駆け的存在でした。それでいて、どこかウィーンの伝統を感じさせる辺りが魅力です。1、2楽章の美しさは格別で、3楽章の躍動感にも心が湧き立ちます。ホルスト・シュタインの指揮も中量級の音造りでグルダのピアノとの相性は抜群です。DECCAの優秀な録音もウィーン・フィルの音の美しさを忠実に捉えています。
マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、この曲の第1楽章では発揮し辛いようです。「皇帝」のような輝きの聴かせどころが無いからでしょう。第2楽章の静寂感の有るピアノは中々ですが、本領を発揮するのは第3楽章です。夢中までには成っていませんが、堂々たる弾きぶりです。ベームの指揮はもちろん立派ですが、壮年期の引き締まった統率力は弱く、むしろ余裕さが感じられます。ウィーン・フィルの音の美しさは言うまでもありません。
ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされ演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて非常に楽しめます。流石に若い頃の音の切れ味は有りませんが、その分円熟した豊かな音楽を堪能させてくれます。とはいえ第3楽章などはエネルギ―の迸りに耳を奪われます。ゼルキンは真にドイツ的な味わいを与えてくれる僅か数名の巨匠ピアニストの一人です。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。放送局の録音も大変優れています。
ウラディーミル・アシュケナージ独奏メータ指揮ウィーン・フィル(1983年録音/DECCA盤) アシュケナージの美しいタッチはクリスタルのようですし、メータとウィーン・フィルも実に流麗で美しく演奏しています。ただ幾らエレガントな「皇后」のような曲だとは言っても、ベートーヴェンの音楽の持つ男性的な力強さがもう少し感じられても良いように思います。第2楽章もややムード的です。ただ、それでも管弦楽に関しては旧録音で共演したショルティ/シカゴ響の過剰なまでの厳めしさよりはずっと良いと思います。第3楽章も躍動感は有りますが、豪快さよりは整った美しさが勝ります。
クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984年録音/フィリップス盤) 遅めのイン・テンポで急がず騒がず、淡々と歩み行く演奏です。この時81歳のアラウは、どこをとっても極めて誠実に弾いていますが、メリハリが弱いのでやや退屈です。ディヴィスもアラウにゆったりと合わせていますが、むしろSKドレスデンの響きの良さが魅力です。音に芯が有り、しかし柔らかく厚みのある音が最高です。中では第2楽章が、深く厳かな雰囲気に包まれた祈りの雰囲気で味わい深いですし、第3楽章の悠揚迫らざるスケールの大きさも中々のものです。
クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンでしたが、バーンスタインを相手に物おじすることなく自分の音楽を堂々と奏でています。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいですが、華麗に過ぎないところが良いです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、重量感よりは生き生きとした躍動感を強く感じます。同じコンビの「皇帝」も素晴らしかったですが、これもまた伝統と新しさのバランスが抜群の名演奏だと思います。
アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) 今ではすっかり巨匠の仲間入りをしたシフですが、これは43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしい端正で古典スタイル寄りのものです。従って古雅な音色を持つSKドレスデンとの相性はとても良いです。指揮のハイティンクもいつもながらの自己主張をしないスタイルに徹していて正に適役です。古楽器演奏までは求めなくとも、ロマンティック過ぎるスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。
アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでしたが、新鮮な組み合わせです。ラトルの譜面の細部の読み方は深く、しばしばハッとさせられます。これは協奏曲ですのでそれほど目立ちはしませんが、随所でやはりこだわりを見せます。しかしそれが音楽の大きな奔流にならないように感じるのは自分だけでしょうか。肝心のブレンデルは若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然体で向かい合うような真摯さを感じて好印象です。
さて、良い演奏が沢山有りますが、特に気に入っているものを上げてみますと、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒター=ハーザー/ケルテス盤、ケンプ/ライトナー盤がベスト・スリー。それに肉薄するのがグルダ/シュタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ツィマーマン/バーンスタイン盤です。こうしてみると古い演奏家が多いですね。古い奴だとお思いでしょうがご勘弁を。