今年も早いもので師走に入りました。我が国もそうですが、世界中が不穏な情勢ばかりで嫌に成りますね。
それはそれとして、ショスタコーヴィチの交響曲で記事にしていないのは1、2、3、6、9番となりました。この辺りは普段は余り聴くことは有りませんが、中では強いて言えば9番でしょうか。
ショスタコーヴィチは第二次世界大戦の間に交響曲第7番、第8番を発表しましたが、大戦の終結後に第9番を発表します。この3曲がいわゆる「戦争三部作」です。
ソ連政府は戦争の勝利を称える記念碑的な大交響曲を期待していましたし、当初はショスタコーヴィチ自身も「第九」というベートーヴェンに由来する特別な交響曲番号を意識したようです。
ところが三部作の締めくくりとなる作品にもかかわらず、いざ発表されてみると前の2作品とはまるで異なる軽妙な作品であり、政府が期待していたような壮大な作品ではありませんでした。
演奏時間も30分かからず、編成も小さく合唱も入ることなく、逆にユーモアやパロディの加えられた音楽だったことから、ソ連の当局からは、戦勝の功労者であるスターリンを茶化しているようにも受け取られ、その後のジダーノフ批判にさらされてゆくことになります。
第1楽章 アレグロ 軽やかで調子のはずれたユーモラスな主題を持っていて、戦争勝利のお祝いとも、その功労者への茶化しともどちらにも捉えられそうな楽章です。初演に臨席した当局の人間の唖然とした顔が目に浮かぶようです。
第2楽章 モデラート-アダージオ 勝利や祝賀の雰囲気からは程遠い、虚無感さえ漂わせた気分に支配されています。
第3楽章 プレスト、スケルツォ 躍動的な主題が続きますが、やがてゆったりと悲しげな調子となる短い楽章です。
第4楽章 ラルゴ 第3楽章と第5楽章とのブリッジ的な短い楽章です。
第5楽章 アレグレット、ロンド 前の楽章から引き継がれ、次々にパロディを含んだ旋律が様々な楽器に移ります。やがて再現部となり、とても明るく奏されます。急にテンポが上がるとコーダとなり一気に終わります。
それでは愛聴盤のご紹介です。
キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1965年録音/ヴェネチア盤:メロディア原盤) ご存じの通り世界で初めてショスタコーヴィチの交響曲全集を完成させたコンドラシンの録音です。モスクワ・フィルを快速テンポでドライブして、切れ味の鋭さと凄みの有る演奏です。贅肉を削ぎ落した厳しい響きにも圧倒されます。このシリアスな演奏からは、ユーモアなどは余り感じられません。例によって音質が硬いのがマイナスですが、これは当時のメロディア録音ではやむなしです。
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1965年録音/SONY盤) 東西冷戦時代にも特に米国ではショスタコーヴィチの作品は多く取り上げられました。バーンスタインはモスクワでも演奏を行ない、作曲者本人から絶賛を受けました。しかしこの演奏はテンポこそ速くは無いですが、何とも明るいです。ソ連勢の楽団の暗い響きとはまるで異なる開放的で楽天的な響きはやはりアメリカ。まるでグローフェか百歩譲ってもプロコフィエフのようです。当時のNYPのアンサンブルも決して悪い訳では無いのですが、おおらかなものです。
ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィル(1979年録音/DECCA盤) ハイティンクのDECCAへの交響曲全集はコンセルトへボウとロンドン・フィルが使われていましたが、この曲は後者です。結構な速いテンポでキレ良くリズムを刻みますが、統率力とアンサンブルの優秀さは大したものです。何を指揮しても特に個性を表わさないものとハイティンクをイメージしていましたが、ショスタコは特別なのでしょうか。もちろんソ連勢の荒々しさは有りません。あくまでも洗練されて純音楽的ですが、作品への深い共感に溢れています。
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト国立文化省響(1983年録音/Olympia盤:メロディア原盤) ロジェストヴェンスキーの為にソ連政府が用意したオーケストラと1983年から1985年にかけて録音された交響曲全集からのライセンスです。作品からしてロジェストヴェンスキーにうってつけだと想像出来ますが、その通りで、速過ぎないテンポでいて弾むようなリズムとキレの良さ、生き生きした躍動感、さらに深く沈み込む静寂さ、壮大さと、この曲の持つ要素をことごとく誰よりも見事に再現しています。金管の音の激しさにもしびれます。英国Olympia盤の音はやや硬めですが明瞭で鑑賞に支障ありません。
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ナショナル響(1993年録音/テルデック盤) スラヴァ(ロストロさんの愛称)の指揮にはチェロの演奏の時の厳しさと比べると、ずっとおおらかさを感じます。この演奏でもゆったり目のテンポで人間の持つ喜びや哀しみの感情が自然に湧き出ているように思えます。それは作曲者と親交が有ったスラヴァであればこその鋭角的に成り過ぎず、必要以上に肩に力の入らない演奏なのかもしれません。録音も良いですし、廉価で手に入る全集盤も演奏に統一感が有りお勧めです。
ルドルフ・バルシャイ指揮ケルン放送響(1995-96年録音/ブリリアント盤) 1楽章の速過ぎないテンポながらもリズム感の良さと打楽器の適度の浮き上がりが快適です。2楽章も暗過ぎず、冷た過ぎないので聴き易いです。ケルン放送響はアンサンブルも優れますし、この曲には金管パートにロシアの楽団のような馬力が必ずしも必要としないので適しています。バルシャイのショスタコ交響曲全集に含まれますが、録音も優秀なうえ廉価盤ですので、第一にお勧め出来ると思います。
アンドリス・ネルソンス指揮ボストン響(2015年録音/グラモフォン盤) やはりこの作品とアメリカのオーケストラとの相性は良いです。ゆえにソ連当局から批判されたのも理解できます。ボストン響の明るく軽い金管の音色もこの曲に限ってはうってつけです。ただしバーンスタインのような底抜けの明るさとは異なるのは、ネルソンスが旧ソ連のラトヴィア出身だからでしょうか。2楽章に深刻さは有りません。3楽章のアンサンブルは優秀ですが、優等生みたいなのはどうか。終楽章の音の厚みと変化に富んだ指揮は秀逸で凄く楽しめます。録音も中では最も新しいので優秀です。