さて、モーツァルトのセレナードでは外せない曲が有ります。セレナード第10番変ロ長調K.361で、これは管楽合奏曲です。
当時ウィーンで流行った“ハルモニー(ムジーク)”と呼ばれる管楽器のアンサンブルの為に書かれていて、一般的な管楽八重奏にさらに管楽器4本とコントラバスを加えた13人の奏者の為の作品となっています。
作曲された経緯は不明ですが、ウィーンのブルク劇場で行われたクラリネットの名手アントン・シュタードラーと宮廷楽団のメンバーによる慈善演奏会で初演されたとされます。ただし、この時に演奏されたのは第1、2、5、7楽章のみだったようです。
「グラン・パルティータ」(“大きな組曲”の意味)というタイトルについては、モーツァルトの死後に何者かが楽譜の表紙に書き込んだものです。
楽器編成に弦楽器のコントラバスがただ一つ加わっていますが、音の同質性の為にコントラバスの代わりにコントラファゴットを用いて演奏されることも多いです。その為に「13管楽器のためのセレナード」とも呼ばれています。
この曲にはクラリネット属の楽器が4本(クラリネット、バセットホルンが各2本)使われていて、そのモダンな響きから「ウィンド・アンサンブル」の先駆けとなった作品と言われます。後の世に影響を与えて、リヒャルト・シュトラウスの「13管楽器のためのセレナード」などの作品が様々な作曲家によって書かれました。
楽器編成
オーボエ2、クラリネット2、バセットホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス1(またはコントラファゴット)※
※ 第4、6、7楽章にはピッツィカートを指定する箇所が有ることからもコントラバスが本来の楽器とされます)
曲の構成
第1楽章 ラルゴ-モルト・アレグロ
第2楽章 メヌエット
第3楽章 アダージョ
第4楽章 メヌエット、アレグレット
第5楽章 ロマンツェ、アダージョ
第6楽章 主題と変奏、アンダンテ
第7楽章 フィナーレ、モルト・アレグロ
モーツァルトを題材とした有名な映画「アマデウス」の中で、この曲が大変印象的に用いられていたのは、皆さん覚えていらっしゃるでしょう。
宮廷音楽家として高い地位にあったサリエリが、ザルツブルク大司教がウィーン滞在中に主催した音楽会に招かれてモーツァルトと出会いますが、そのとき広間で演奏されたのが、このグラン・パルティータの第3楽章アダージョです。
サリエリは、その音楽の素晴らしさに「〝神の声〟を聞いた」と感嘆しますが、その曲を書いたのが、直前に別室で恋人のコンスタンツェに下品な冗談を言ってふざけていたモーツァルトだと知って愕然とします。「神は、あなたの声を世に伝えるために、よりによってあの下品な男を選ぶとは!」と憤り神を呪います。
これは原作となったピーター・シェーファーの戯曲からの1シーンですが、余りにも良く出来たお話と選曲ですね。
それでは愛聴するCDのご紹介です。
ウィーン・フィルハーモニー管楽グループ(1953年録音/ウエストミンスター盤)
古き良きウィーン・フィルの音色を残した時代の名手達のアンサンブルで、指揮者は立てていません。オーボエのカメシュ、クラリネットのウラッハ、エールベルガーのファゴット、ホルンのフライベルクなど名前を聞いただけでしびれるメンバーです。アンサンブルに機械的な正確さを求めたりはしませんが、各楽器が丁々発止に楽しそうに合わせるのが凄いです。もちろんどの楽器も歌い回しがチャーミングで深い味わいがあります。ゆったりとしたテンポでおおらかに、ウィーンそのものの香り高い演奏を聴いていると、つくづく音楽の喜びに浸ってしまいます。オリジナル楽譜通りのコントラバスが使われています。録音はモノラルですが明瞭なので鑑賞に支障はありません。
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管楽グループ(1970年録音/グラモフォン盤)
ベームが76歳の時にベルリン・フィルのメンバーを集めて録音されました。オーボエのコッホ、クラリネットのシュテール、ファゴットのブラウン、ホルンのザイフェルトといった往年の名手達が揃いましたので、音色の美しさと技巧の優秀さにおいては比類ありません。なおコントラファゴットが使われています。全体のテンポはゆったりとしていて、その演奏からはアンサンブル曲というカテゴリーを越えてあたかもシンフォニーを聴くような気宇の大きさが感じられます。ハーモニーの色彩の変化から深い情感が次々と沸き上がって来るのもベームの指揮が有ってこそだと思います。
ベルリン・フィルハーモニー管楽アンサンブル(1980年録音/グラモフォン盤)
ベルリン・フィルのメンバーがベーム盤から10年ぶりに再録音を行いました。ですが今回は指揮者を立てずに演奏しています。オーボエのコッホ、ホルンのザイフェルトなどベーム盤と同じメンバーも居ますが、クラリネットの1番はライスターとなり、シュテールは2番の受け持ちです。その他のメンバーも幾らか若返っているようです。コントラバスではなくコントラファゴット使用は前と同じです。もちろん個々には優秀な奏者ばかりですし、アンサンブルも大変見事です。お互いに呼吸を合わせるリラックス感が感じられます。その反面、ベーム指揮の時のような音楽の大きさはかなり薄れています。どちらにも良さは有りますので、好みは分かれるところかもしれません。
ウィーン管楽合奏団(1980年録音/DECCA盤)
こちらは1970年代に結成されたウィ―ン・フィルの管楽器奏者、オーボエのトレチェック、クラリネットのシュミ―ドル、オッテンザマー、ホルンのへーグナーといった当時の若手中心のアンサンブルです。上述のウエストミンスター盤と比べると、のんびりした雰囲気は薄まって、若々しくきりりと引き締まったアンサンブルの精緻さが印象的です。とは言え、やはりウィーンの奏者達なので、雅な味わいや柔らかい音色はそのままに引き継がれていて、ドイツのかっちりとしたスタイルとは異なります。面白いのはこちらも指揮者を立てていませんが、自分たちの音楽がしっかりと自然に湧き上がっています。ベルリン・フィルの場合は指揮者の有無が演奏に影響を与えますが、ウィ―ンの場合は奏者の身体に音楽が沁み込んでいるのでしょうね。オリジナル楽譜通りのコントラバスが使われています。
コレギウム・アウレウム合奏団員(1981年録音/独ハルモニア・ムンディ盤)
古楽器演奏の老舗団体ですが、この曲は1972年に一度録音をしていて、これは二度目の録音です。ただし構成メンバーはだいぶ入れ替わっている様です。指揮者は居ませんが、テンポは特別速くも遅くも無くいたって自然に音楽が流れます。何と言ってもモダン楽器とは異なる落ちついた古雅な音色が特徴で、特にナチュラルホルン、バセットホルンの柔らかな音色は大きな魅力です。なお、オリジナルのコントラバスが使われています。音程や運指などはモダン楽器の精緻さには一歩及びませんが、18世紀当時の雰囲気を少しでも味わいたいと思う方には何物にも代えがたい良さが有ることでしょう。
フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ団員(1988年録音/フィリップス盤)
ブリュッヘンが世界中から集めた優秀な古楽器メンバーの演奏ですので、技巧的なレベルはコレギウム・アウレウムを大きく凌ぎます。さらには管楽器奏者だったブリュッヘンが指揮をすることで、全体の統一感や、ゆったりとしたテンポによる音楽の豊かさがベーム盤に負けず劣らず素晴らしいです。ただし、と言っては何ですが、18世紀の古雅で素朴な味わいは、コレギウム・アウレウムの方がより楽しめる気がします。フィリップスによる録音はとても美しいです。なお、オリジナルのコントラバスが使われています。
以上の中で、個人的に最も楽しめるのはウィーン・フィル管楽グループのウエストミンスター盤です。ただしステレオ録音のもう少し新しいものを他人に勧めるとすれば、ウィーン管楽合奏団のDECCA盤です。ベーム盤とコレギウム・アウレウム盤にも大いに魅力を感じますし、結局みな良いのですけど(笑)。