![Frdric_chopin_2 Frdric_chopin_2]()
ピアノ協奏曲第1番の記事のときにも記しましたが、実際に作品が完成したのは、第1番よりもこの第2番の方が1年早い1829年です。この曲は出版されたのが第1番よりも後になったために第2番となりました。
若きショパンは既にウイーンでピアニストとして大成功を収めていましたが、本格的に作曲家としてデビューを目指すためにワルシャワに戻り、協奏曲の作曲に取り組んだのです。しかしショパンはこの時、ワルシャワ音楽院の同窓のソプラノ歌手グワドフスカに恋をしていて、親しい友人に「僕は彼女への思いを寄せるうちにアダージョ(実際は第2楽章ラルゲット)を作曲した。」と告白したほどです。
このような背景があることから、この曲にはショパンが心に秘めていた、甘くせつない、ひとり悩み苦しむ恋の香りがぷんぷんと漂っています。本当に恋は人を”詩人”に変えてしまいますね。
一般的には第1番が高く評価されているようですが、曲の魅力に於いては全く遜色がなく、むしろ第2番のほうを好む人もいらっしゃるのではないでしょうか。第1番が青春の喜びをストレートに感じさせるのに対して、第2番はずっと屈折した気分を感じさせます。
例えば第1楽章のみを比較した場合は第1番を取りたいですが、第2楽章においては甲乙がつけがたく、第3楽章ではよりショパンらしさの強い第2番を取りたいです。
このように第2番はもっとずっと演奏されてしかるべきだと思います。
ということで、ピアノ協奏曲第2番の愛聴盤をご紹介します。
アルフレッド・コルトー独奏、バルビローリ指揮管弦楽団(1935年録音/EMI盤) 録音年代は古くノイズも入りますが、モノラル録音に慣れた方なら充分に鑑賞出来ます。それよりもコルトーの演奏の表現の自在さには心底圧倒されてしまいます。『音楽を演奏する』とはどういうことか。それは音楽を鑑賞する我々に対しても深く問いかけているように思います。是非とも一度は聴いておくべき演奏です。3楽章では意外に速いテンポですが、揺れに揺れて聴きごたえ充分です。バルビローリもオーケストラを自在にコントロールしていてコルトーと同じように表現の豊かさが抜群です。
クララ・ハスキル独奏、マルケヴィッチ指揮コンセール・ラムルー管(1960年録音/フィリップス盤) ハスキルは目の覚めるようなテクニックというわけでは無いですが、演奏全体に広がるしっとりとした陰りが何とも魅力です。ピアノの地味な音色も演奏スタイルにぴたりと合っています。第2楽章も淡々と進みますが、心に染み入る情感の深さは只事ではありません。問題はマルケヴィッチの指揮が男性的に過ぎてハスキルと必ずしも相性が合っていない点です。特に第1楽章でそれを強く感じます。第3楽章は落ち着いていますが揺れのあるリズム感が素晴らしく自然と弾き込まれます。
アルトゥール・ルービンシュタイン独奏、ロヴィツキ指揮ワルシャワ・フィル(1960年録音/Muza盤) ルービンシュタインの祖国ポーランドでの演奏会での録音です。RCAへのスタジオ録音とは異なる真剣勝負の気迫が感じられます。中庸のテンポで流れの良い音楽の中で表情豊かに歌い回す名人芸が得も言われぬ魅力を湛えています。ピアノの音色もこの時代のライブとしては優れています。オーケストラの音に録音の古さを幾らか感じますが、演奏の良さから聴いているうちにそれも気にならなくなります。カップリングのブラームスの第2協奏曲の陰に隠れていますが、素晴らしい演奏です。
サンソン・フランソワ独奏、フレモー指揮モンテ・カルロ歌劇場管(1965年録音/EMI盤) 第1番との楽想の違いがフランソワに向いていると思います。1楽章から即興的な味わいが音楽に艶っぽさを与えていて大変魅力的です。こうしてツボにはまった時のフランソワは実に素晴らしいです。第2楽章の恋の甘さとせつなさの表現にも深い共感を覚えます。ああ、フレディ!恋はつらいね!3楽章に入ってもフランソワの独壇場は続きます。テンポの良さと音楽の揺れ、表情の刻々とした変化が何とも魅力的です。オーケストラの音が粗いのが欠点ですが、ピアノの素晴らしさにさほど気にならなくはなります。
アルトゥール・ルービンシュタイン独奏、クレンツ指揮ポーランド国立放送響(1966年録音/Prelude & Fugue盤) 第1番でも紹介したルービンシュタインが祖国ポーランドで弾いたライブです。テンポの伸縮やルバートが多用されていますが、全てが自然でわざとらしさが微塵も感じられません。どの部分を耳にしても音楽に魅力が溢れていて、少しも弛緩することなく曲がどんどん進んでゆきます。ルービンシュタインのピアノは男性的で女々しさは有りませんが、音には優しさや心がこもり切っています。クレンツ指揮のオケにも情感が溢れ出ていて胸に迫ります。録音も明瞭で生々しさを感じられるのが嬉しいです。このCDはスイスのPrelude & Fugueレーベルがポーランド放送のライセンスで出した物ですが、既に廃盤なので大変貴重です。
アルトゥール・ルービンシュタイン独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1968年録音/RCA盤) 前述の66年ライブ盤から2年後のセッション録音です。ルービンシュタインのショパンが素晴らしい点では変わりありませんが、ライブにある真剣勝負の緊張感にはやはり敵いません。ピアノの音の明瞭さもむしろ66年盤の方が勝ります。オーケストラは実にシンフォニックで迫力満点ですが、ダイナミズムの変化が余りにも楽譜そのままで常套的なのが面白くありません。オーマンディのやっつけ仕事という印象です。もちろんこの演奏だけ聴けば優れた演奏なのですが、66年盤を聴いてしまってはどうしても満足し切れません。
ホルヘ・ボレット独奏、デュトワ指揮モントリオール響(1989年録音/DECCA盤) 第1番では音楽が盛り上がる部分でもインテンポに徹していたので音楽が停滞していました。第2番でも基本テンポは遅めですが、音楽に流れが感じられるので改善されています。けれどもフランソワやルービンシュタインと比べると表情の豊かさに於いて一歩譲るような印象を受けてしまいます。第2楽章に関してもテンポの遅さの割には心情的に没入した感じは無く、恋のせつなさを充分に表現しているとは言えません。このオーケストラの演奏も極めてシンフォニックですが、常に醒めた雰囲気でショパンの音楽への熱い共感はほとんど感じられません。
仲道郁代独奏、コルト指揮ワルシャワ国立フィル(1990年録音/BMG盤) これは非常に美しいショパンです。ハッとさせるような即興性や切れ味の鋭さはありませんが、一本調子にならない揺らぎも有りますし、音楽が盛り上がる際の感情の高まりや熱さも中々のものです。第1番では少々真面目過ぎて面白みに不足する印象を受けましたが、第2番では品の良さを失わずも、ずっと楽しめる演奏になっています。ピアノタッチの美しさや力強さも申し分のないものです。それにしてもワルシャワ・フィルのショパンの音楽への共感が溢れて美しい演奏には脱帽です。北米のオーケストラは立派でもこのような感動は決して与えてくれません。
クリスティアン・ツィメルマン独奏/指揮ポーランド祝祭管(1999年録音/グラモフォン盤) ツィメルマンが理想の演奏のためにと自分でオーケストラを編成して録音を行いました。指揮もピアノも極めて雄弁であり、余りに徹底しているので唖然とします。それは時に音楽の流れが停滞してブツ切れとなるほどです。表現意欲の過剰さには少々抵抗を感じないこともありませんが、1楽章の緊迫感ある迫力には嫌でも熱くなりますし、2楽章の美しいピアノと深々としたロマンティシズムにも強く魅了されます。3楽章は速いテンポで意外にオーソドックです。全体的にはこれだけ思い切りの良い演奏ぶりにはやはり拍手を贈りたいです。
スタニスラフ・ブーニン独奏、コルト指揮ワルシャワ国立フィル(2001年録音/EMI盤) 1985年ショパンコンクール優勝から16年後に日本で残したライブ録音です。第1番は札幌でしたが、第2番は東京サントリーホールの録音です。ライブ収録でも年代が新しいので音質、バランスともに良好です。ブーニンはスマートな演奏ですが、即興性や揺らぎのある表情が素晴らしいです。特質すべきは2楽章で、ロマンティックな若者の辛さ、せつなさが充分過ぎるほど感じられてすこぶる感動的です。オーケストラもワルシャワ・フィルなので単に美しいだけでなく共感一杯で素晴らしいです。但し3楽章はテンポが速過ぎるのが良し悪しで聴き手の好みが分かれるかもしれません。
ラファル・ブレハッチ独奏、セムコフ指揮ロイヤル・コンセルトへボウ管(2009年録音/DG盤) 新世代の優れたピアニスト、ブレハッチのライブ録音です。彼はこのCDについて『ポーランドの伝統的な演奏を聴かせたいと思った』と語っていますが、確かにアルゲリッチやツィメルマンの大げさで派手な表現とは一線を画しています。ピアノタッチは美しく、単なるスケールやアルぺッジオの部分からも素晴らしいニュアンスの変化を聴かせてくれます。2楽章の抒情性も非常に魅力的ですが、白眉は3楽章で、きりりとしたリズムで躍動感が有り、さらに音楽に揺らぎを感じさせているのが見事です。オーケストラの共感度ではポーランドの団体に一歩譲りますが、コンセルトへボウは流石に上手いです。
カティア・ブニアティシヴィリ独奏、パーヴォ・ヤルヴィ指揮パリ管(2011年録音/SONY盤) パリでのライブ録音です。ブニアティシヴィリは若い世代では特に才能あるピアニストだと思いますが、パーヴォもお気に入り?のようです。ダイナミズムに微細な変化をつけるのはアルゲリッチ風ですが、それが恣意的には感じられずに長所となっています。往年の巨匠のような深い呼吸感は有りませんが、若くしてこれだけ魅力的に弾けるのは凄いです。2楽章では繊細に夢見るような静寂さを醸し出していて見事です。3楽章は速いテンポで緊迫感を持ちますが、個人的にはもう少し揺れを感じられるほうが好みではあります。パーヴォもオーケストラを入念にコントロールしてソリストを上手く引立てています。
以上から、マイ・フェイヴァリットはやはりルービンシュタインの66年ポーランドライブ盤ですが、それに匹敵する素晴らしさがブレハッチの2009年ライブ盤です。
それ以外にも良い演奏が多くありますが、中でもブーニンの東京ライブ、フランソワ、仲道郁代あたりは折に触れて聴きたくなるお気に入りです。